おれは名古屋にいる。
名古屋は、「エスカレーターに立ち止って乗ること」が義務化されている。2023年10月1日に「エスカレーターの安全な利用の促進に関する条例」が制定された。
ルールはこれ。
条例の主な内容
・エスカレーターの利用者は、右側か左側かを問わず、エスカレーターの踏段上に立ち止まって利用しなければなりません(義務)(第8条)
・エスカレーターの管理者等は、利用者に対して、立ち止まった状態でエスカレーターを利用するよう周知しなければなりません(義務)(第9条)
出展:名古屋市.「名古屋市エスカレーターの安全な利用の促進に関する条例」(更新:2026/3/1)- https://www.city.nagoya.jp/bousai/anzen/1034530/1015520/1015522.html
これは条例上の「義務」となるが、罰則規定はない。
つまりは「義務ではあるが、違反してもお咎めなし」というものだ。だから、法律的な強制力はそんなにない、とおれは思っている。
じっさい、まだまだエスカレーターを歩いて進むひとはいるし、なんなら結構いるイメージなのだが ─── と、ここまで書いたところで、せっかくならと具体的な結果を調べてみた。
結果、2026年6-7月の調査結果で 4.9% のひとが「歩いたり走ったりして利用」となっていた。条例施行前の2022年が 21.3% なので、めっちゃ減ってたわ。
絶滅危惧種の判定基準に「一定期間に個体数が何%減少したか」がある。21.3% から 4.9% というのは約 77% 減少となり、かなり絶滅危惧種っぽい。
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おれは大阪出身だ。20 年以上大阪にいた。
大阪のエスカレーターはすごいぞ。右も左も歩きまくっていたし、先頭はもはや走っている。止まっていたら、後ろからドつかれるなんてこともあった。(10年も前の話だが)
そんなおれにとって、エスカレーターを歩くのはふつうのことだ。
でもいつも歩くわけじゃない。
連れがいたら歩かない。
ひとが多いときも歩かない。
行きは歩くけど、帰りは止まったりする。
スマホを読んでいるときも、まぁ止まっている。
そんな感じだ。
「なぜ歩くの?」と聞かれることが増えた。
別に急いでいるわけではないし、せっかちな性格でもない、と思っている。言語化を面倒がって「クセのようなもので」とかたつけている。
だけど、名古屋でエスカレーターを歩くというのは、そろそろ大罪だろうとおれは思う。市が何年もかけて 4.9% にまで大幅に減らした。多分めっちゃスゴいことだ。
その 4.9% に入ってしまっている。
それなりの理由は持っておきたい。
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まぁ、これを書きはじめたってことは、言語化ができたってことだ。
理由はこうだ。
おれは「自分のペースを乱されたくない」のだ。
自分はこのペースで歩き続けたい。途中で止まったり、速度を変更するのが煩わしく、乱される気がしてイヤなのだ。
思えばいろんなケースであてはまる。
駅の通路で歩いていても、前のひとが遅いとサッと抜かしたくなる。同じ速度で歩きゃええやんって話ではあるが、なんで遅いひとに合わせにゃならんのやと思う。
授業のチャイムで勉強を止められるのが嫌だった、ノッてるときの勉強は楽しい。集団行動の、疲れてるひとがいるから「ちょっと休憩しよう」もイヤだった。おれは疲れてない。
読書もそうで、あと5ページでキリがいいって時に話しかけられとムッとなる。キリよく読みたい。まとまった時間をとるのが難しい現代、読書の腰が重たくなったりもする。
食事なんかは、あてはまるひとも多いと思う。自分の食べるペースを、他人にあわせられない。食事のペースを乱そうとしてくるひとと一緒にはいられない、
自分で決めたペースなら、速くてもいいし、遅くてもいい。
止まってしまっても構わない
「ペースを守りたい」というよりは、「ペースを自分で決めたい」のほうがしっくりくるかもしれない。
これを「自己中心的」と名づけることもできるが、肯定感が下がりそうなので深堀りしない。なんとなくキリもよいので、ここらで締めておく。