Point 書籍 雑記

忙しくても読書を継続する14のヒント。

「本を読む時間がないなー」と感じたのは去年だ。2025 年のはじめに「1 年で 50 冊の本を読む」という目標をたてたが、進捗はすごぶる悪かった。

いつか見つけてきた『今年読みたい技術書 10 選』の記事もブックマークに入れただけ。手元の本だけでいっぱいいっぱい、それすらも「古い本」という印象になっていた。

このままではマズいと思い、色々試してみた。

 

その結果、調子がいいときは週に 1 冊のペースで本を読めるようになった。

─── で、「それをきちんと継続できている」ということもあり、共有できる価値があるのではないかと考えた。せっかくなので、じっさいに効果のあったヒントをまとめてみる。

 

本は新品を買う

身銭を切る。

"もらったクスリは効かない" ともいう。本はクスリほどありがたいものではないが、やはり、金を出して買うべきだ。わざわざ読もうと思えるのは、買った本である。

 

また、本は自分で選ぶのがよい。

知り合いから紹介してもらったり、ネットのおススメ欄から順番に読むようなことはおススメしない。教えてもらった本は反発することが多い。(ように感じる)

 

図書館や、会社の蔵書を借りて読むことがすばらしいというのは常識で、けれど、そこには「重み」がない。自分で選んで、自分の金で買った本は、ずっと重い。

途中で読むのをやめてしまう場合の感情もちがう。

「ひとにおススメされたものだし、合わなくても仕方ないよな」ではもったいない。自分で選べば「こういう本はまだ楽しめないんだ」と発見できる。

(どうしても本をハズしたくないひとは、紹介された複数の本から、ひとつを自分で選択すればよい。だいたいその直感は正しい。その場で Amazon をつかって買えばいい。)

 

 

紙で読む

本は紙で読むのがいい。電子機器だと "都合が悪い" かもしれない。教養書と娯楽がおなじ棚にあるようなものだからだ。

kindle が便利なのことも、デジタル化したいという気持ちも分かる、が、ひとの意思はそんなに強くないので、誘惑は少ないほうがよい。「スマホで読もう」などと考えないほうがいい。

 

紙で読むメリットのひとつに、読んだ本をコレクションできることもある。

こういうことをいうと、「家が本であふれる」とか、「置く場所がない」いう反論をうけることもあるが、その点については安心して欲しい。

それはメチャクチャ本を読むひとの悩みであって、「本を読む時間がない」などといってるひとには無用な心配だ。

─── もし、1週間に1冊のペースで読んだとしても、1 年で 50 冊程度しか増えない。じっさいはそんなにも読めないから、その半分だろう。

 

本当に家が本であふれたとしたら、それはむしろよろこぶべきことだ。それだけの本を読んだという実績であり、読書が習慣化している証拠なのだから。

 

 

本を携帯する

スマートフォンは頻繁にみる。それができるのは携帯しているからだ。ならば本も携帯すればよい。(ついスマホで SNS をみてしまうような悪い癖も治せる。)

 

ただし、携帯する本を選ぶさいに、ひとつだけ注意点がある。それはセクションが多い「ちょっとした時間にサクッと読める本」を選ぶことだ。

なぜか。

キリよく読みきりたいからだ。セクションが多い本ほど、ひとつのセクションが短い。ひとつのセクションが 2 ページほどの本も珍しくない。これだと電車の中でもキリよく読める。

読みきれることは重要だ。読書の敷居がグッとさがる。

 

私のお気に入りの本に、安達 裕哉 著『頭のいい人が話す前に考えていること』がある。

この本は 335 ページが 75 ものセクションに分かれている。ひとつのセクションにつき平均 4 ページと少しだ。これならサクッと読めそうだ。そういう本を選びたい。

 

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「今日から読書の習慣をつけよう」と思うなら、まずは「ちょっとした時間に読む本」と、「じっくり時間をかけて読む本」を分けてみてもよいかもしれない。なにかと都合がよくなる。

ちょっとした時間は、ビジネス書や自己啓発本を読む。

自宅でじっくり時間をかけて読む場合は、知識本や技術書を読む。

読みかけの本をいくつか持つことは "悪" ではない。次にひらくのが 1 週間もあくのは困るが、3 日程度では「あれ?前のセクションはどんな内容だったっけ?」となりにくい。

 

 

昼休みに 10 分だけ読む

ついでに、時間の考え方についても書いておく。

読書をするとき、「まとめて 2 時間くらい時間が欲しい」とほざくひとがある。2 時間は相当長い。1 時間でもそれは変わらない。現代人はまとまった時間を作るのが難しい。

そういうことをいっていると、永遠に本を読む日は訪れない。

 

けれど、1 時間について「10 分を 6 回」と考えたらどうだろう。

「30 分を 2 回」でも構わない。

……なんとなく作れそうな時間ではある、気がする。

 

仕事の昼休みに 10 分だけ読んでみる。

たった 10 分かと思われるかもしれないが、このきっかけが大事なのだ。ほんの少しの成果(本が進む)がでれば、時間を分割するという考えかたが育つ。

 

例えば、300 ページのビジネス書を読むとする。8 時間くらいかかりそうだ。平日に 1 時間、休日に 1.5 時間半の読めば、1 週間で読み切ることができる。

1 日に 1 時間の時間を確保するのは難しいだろうか?

私は「なんだ、カンタンじゃん」と思う。出社前に15分、昼休みに15分、お風呂の前に15分、寝る前に15分だ。─── 生活リズムやルーチンを変えるまでもない。

 

 

3 冊以上の本を積む

次の本がないと、ひとつも読まない。

いつも次の本を用意しておくことだ。

今の本がつまらなかったときに、すぐに本を変えられるようにするためでもある。数ページを読んで「これは楽しみだ」とニヨニヨした本を抱えられたら安泰だ。

 

読書をするにも気分がある。1 冊に飽きたら他の 1 冊を読んでみる。そういう本に限って読みだしたら止まらなくなってしまう。

むしろ、1 冊しか本を持たないのはリスクだ。その 1 冊がキツくなったとき、"読書" そのもののモチベーションがなくなる。そのまま、読書をやめてしまうひともある。

 

途中で「おもしろくないな」「まだ自分には難しかったかな」となった本はいったんスルーしておけばいい。次の本にうつってもいい。

(「週に 1 冊は読む」などの目標をたてると、本を本棚に戻しにくくなる。あまりノルマは作らないことだ。読書は自由である。)

 

 

同じ本を読んでもいい

「3 冊以上の本を積」めと書いた。積む本は新書に限らない。同じ本でもよい。

一度読んだことのある本であれば、読む敷居も格段にさがる。面白いことが分かっているならなおさらだ。難しい本のおともには最適である。

 

読書をやめてしまうひとが選ぶ本には特徴があるように思う。

そのひとつに、「自分がまったく知らないジャンルの本を選ぶ」がある。10 分かけて 2 ページをよみ、それでも理解ができないこともある。これでは読書がしんどくなる。

「せっかく読むなら、世界を広げたい」という気持ちは分かる。

 

読書にはふたつの読み方があるという。

既知の読みと、未知の読みだ。

既知の読みは、「データを増やすだけで世界をひろげない」と嫌味をいわれることもある。過激派には「本を読んだとはいえない」とまでいわれてしまう。

しかし、私はそう思わない。

 

しっかりした読書とは、ただの多読ではないはずだ。

むしろ、一度の読みでわかってしまおうというのは思い上がりだ、とさえ思っている。二度読み、三度読み、それでは足りなくて、四度読む。そういう精読も必要だろう。

くりかえし読むことで、あまりピンときていなかった節が、急に理解できるようになることがある。昔の人は、それを「読書百遍意おのずから通ず」ということばで表現した。

中国には「韋編三絶」(いへんさんぜつ)ということばがあるそうだ。孔子が「易経」を好んで読み、何度も読んだために、綴じた革ひもが三度も切れたという。くりかえしくりかえし読み、深く理解することもできたであろう。

 

 

読める時はとことん読む

読書をしていると、たまーにキツネが憑く。これはしめたものだ。

キツネ憑きになると、集中力があがり、すばやく読んでも理解できる。読書が楽しくて楽しくて、たまらなくなる。

そういうときは、読み進められるだけ、とことん読めばよい。睡眠時間を削ってもいい、とさえ私は思っている。キツネはなかなか憑いてはくれないのだから。

 

たくさん読んだ次の日は注意する。

昨日たくさん読んだからといって「今日は読まなくていいや」というのは絶対にやめる。そういうのは、クセになりやすい。

「今日はやめて、明日たくさん読めばいいや」というのも、またやめる。心がくじけて、そのまま読まなくなってしまう。

 

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いつでもキツネ憑きになれればどんなに楽なことか。

しかしそう簡単にはいかない。キツネはなかなか憑いてくれない。

ただ、キツネを迎える準備をすることはできる。

準備はかんたんで、体調をととのえ、睡眠を十分にとっておくこと。あとは、残業、飲酒、暴食をせず、こころに余裕のある生活をすることだ。

我々ができることは、いつキツネが憑いてもいいように準備しておくことだけだ。(読みたい本が溜まれば、それが起爆剤になりキツネが憑くことはある。)

 

 

読書用のエリアを設ける

教養書や技術書は、自宅でじっくり読みたい。そのために、そこに座れば脳が「読書をするぞ!」と切り替わる環境を用意したい。

トリガーは大切だ。

行動の前には必ずトリガーがある。トリガーをつくれば、行動にもつながる。自分専用のエリアがあれば「そのイスに座る」など、実現しやすい。

 

エリアには、植物やお気に入りのキャラクターのフィギュアを置くのもいい。

風水、方位、部屋の配置が人生に影響するというのも、あながち迷信ではない。部屋にも性格があるもので、部屋の性格がなぜ決まるのかは分からないが、確かに存在する。

 

 

邪魔者を排除する

読書用のエリアを作ったら、環境整備をはじめよう。"邪魔者" と書けば誤解をうむかもしれない。「集中力を切らす要素を取り除く」と書き直すことにする。

読書用のイスにはこだわる。お尻が痛いと集中できない。

冬は足をひやさないほうがいい、部屋の温度・湿度は大事。

騒音なんてもってのほかだ。ノイズキャンセリングのイヤホンをつけてみる。

 

なにも不快感だけではない。

例えば、私はなにかを飲みながら、あるいはなにかを食べながらだと読めない。

読者のなかには、コーヒーを準備して、優雅に読むことにモチベーションを感じるひともいるかもしれないが、ちょっと否定したい気持ちもある。

それで集中できるのであればよいが、「それは難しくないか?」と思ってしまう。本当に集中していれば、コーヒーは飲むころには冷えてしまっているはずだ。

 

─── 話がそれた。

自分の「不安」、家族の「不満」を取り除くのも大切だ。

読書をしたいがために家事を妻に押し付けるとする。妻の機嫌は日に日に悪くなるだろう。もしかしたら嫌味を言われてしまうかもしれない。読書どころではなくなる。

妻が洗い物をしているのに、自分だけが好きなこと(読書)をするのはしのびなく感じる。そういう気持ちがあると、カチャりという食器の音にも敏感に反応してしまうだろう。家事は協力して、事前に潰しておくのがいい。

 

 

スマホは目の入らないところに置く

スマホは目の入らないところに置いておく。これは絶対にやる。

「トリガー → 行動」のさきには、「報酬」がある。スマホをみるのは、短期的にすぐさま「おもしろい」という報酬を獲得できるため悪いクセになりやすい。

スマホが近くにあり、SNS の通知が届けば最悪だ。それはもう熟練者のように SNS を確認し、ついでにメールも確認し、ちょっとだけだからと YouTube を開いてしまうだろう。

それだけで 1 日が台無しになる。

 

そうならないためには、「スマホが気になる」というトリガーそのものを封じるしかない。

「スマートフォンがそこにあるだけで、人間の脳の処理能力が消費される」という研究結果もある。直感的にも、「まぁそうだろうな」と感じる。

 

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トリガーはあらゆる場面で意識したい。

  • 昼休みのチャイムがなった途端にスマホを取り出すのではなく、本を手に取る。
  • 電車で腰をおろしたとき、カバンを枕にして眠ってしまわないようにする。
  • ベッドでゴロンと横になってしまうと、スマホしか触れなくなる。

 

 

ほかの目標と同時進行しない

ひとつずつすることを心がける。

「今日は本を読む」と決めたら、ほかには何もしない。本を読むことと、プログラミングの勉強は、同時にはできない。そうでないと、どちらも中途半端になってしまう。

マルチタスクは効率的に見えるが、そうではない。集中力をイラズラに分散させているだけだ。しかも、1 の集中は 0.5 と 0.5 にならない。0.45 と 0.45 ほどになってしまう。

 

どうしても複数のことをやりたいなら、Twitter の共同創業者、ジャック・ドーシーのように曜日ごとにやることを決めるのがよい。月・水・金は読書、火・木はプログラミングの勉強。

これなら退屈もしない。

 

 

本屋があったら入ってみる

本の好みや興味は日々変わる。体調にも左右される。おなじような本が並んでいるようにみえても、毎回景色は違うものだ。

そういうときに興味をひいた本は光をはなつ。

手に取って目次を確認する。後半の章をチラリと覗いてみる。おもしろそうだと感じたら迷わず買えばいい。なにもすぐに読まなくてもよい。ニタリニタリしながら温めておく。

 

また、いくつか本を読みあさると、連想ゲームがはじまる。

「認知バイアス」からはじまり、「行動経済学」にも興味がわく。

「心理学」で個人を知ると、「社会心理学」で集団を知りたくなる。

「ロジカルシンキング」で組んだ論値を、「クリティカルシンキング」で疑う。

「文章術の基本」を学べば、自然と「構成術」にも手が伸びる。

 

そうやって「次の本」を用意することでも、読書は加速する。

 

 

短期的な目標(ノルマ)をやめる

一番最悪な目標は「1日20ページ読む」のような、短期的な目標を立てることだ。

ノルマに追われることは継続において致命傷になる。

想定していたノルマが終わらないと、坂道を転げ落ちていくように作業の質が落ちる。どんなかたちでも終わらせようとするからだ。

それでササッと読み飛ばしたりする。

次の日には「こんなところ読んだっけ?」となる。すぐに嫌になる。

 

ノルマをこなすためだけの読書には意味がない。身にもならない。

読書は仕事ではない、プレッシャーを感じる必要はない。

 

「この時間に読む」と決めるのも私はおススメしない。その時間を逃してしまうと「今日はもういいや」となり、せっかく時間があってもスマホ時間になってしまう。

「明確なルール」と「無理のない習慣化」はあまり相性がよくないと思う。

 

 

読書に目的をつくらない

つい、読書をする目的(スキルアップやキャリアアップ)を作りたくなるが、なくてもいい。

むしろ、期待があると、効果を実感できないときに虚無感を引きおこす可能性がある。それで「読んでも意味がない」とか、「読書が向いてない」とか、そういうカン違いをしてしまう。

 

そもそも、読んだその日に「知識が増え、視野が広がる」なんてことは稀だ。

ときおり「朝に読んだ本の内容をその日のうちに実践できる。だから本は朝によんだほうがいい!」などと、まだ寝ぼけてんのかと思ってしまう天才がいるが、あまり間に受けないほうがいい。

 

読書による知識は、湖の底に飼っている魚に似ている。(と思う)

いつもは湖が濁っていたり、水草に隠れているので魚影はみえない。

けれど、行き詰ったとき、湖から魚影がチラと覗くときがある。そのときにサッと釣り糸をたらしてみると、かんたんに釣りあげられるものだ。あみで無理矢理に捕まえにいく必要もない。無理につかまえようとすると湖が濁ってしまい、それ以上の魚がでてこなくなる。

ふだんは見えなくとも、読書によってかならず魚は増えている。ふっとした瞬間にそれが見える。必要なときに、かならず姿をあらわす。あせらなくてもよい。

 

以上。

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