長い文章よりは、短い文章が好まれる。
ただ、書くほうにしてみれば「短文」は実にやっかいなものだ。
同じことを 100 文字で伝えるよりも、1000 文字で伝えるほうがカンタンだ。同じことを 3 行で書けといわれると、難易度はさらにはね上がる。
雄弁家として世界的に有名だった、元アメリカ大統領のウッドロー・ウィルソン。第一世界大戦のときに、こういうことを言ったそうだ。
1時間の演説なら、準備なしに始められる。
20分のものだったら、2時間の準備とリハーサルがいる。
5分間スピーチなら、一日一晩の準備がないと引き受けられない。
百戦錬磨の名演説家ですら、短いスピーチには警戒している。
オーディエンスはまどろっこしい前置きをくだくだと述べれば癇癪をおこす。さきの話など聞いてくれない。
文章を読むひとの立場が強いほどに短文が好まれる。
部下から上司への報告が、まさにそうだ。端的に、それでいて必要なことは漏らさずに伝えなければならない。
発信者とオーディエンスの関係もそうだ。彼らはいつでも読むことをやめることができる。ダラダラ長い文章をよむ義理もない。
長文とは、「ひとつの文(センテンス)が長いもの」を指す。
全体の文量が多いのではなく、ひとことが長いもののことだ。
いまの日本語では、1 つの文は 40 字から 50 字くらいが標準だといわれている。それを大幅に超えて、80 字にもなれば長文で、20 字前後になると短文になる。
ちなみに 20 文字はこの程度。
ああああああああああああああああああああ
おれの文章は、そうなるように意識している。
ひとつ、短文を書くコツがあるとすれば、不要な接続をしないことだろうか。
●意味のない「が」を使わない
めっきり冷えるようになりましたが、お元気のことと存じます。
九州に行くことになりましたが、たいして遠くに行くわけではありません。
●「しかし」の転、「また」の承を使わない。
Aであるが、しかしBのようにもなる。
それに対してCであるともいえる。
またDも正しく、したがってEとなる。
ただ、(仕事でつかう実用文は別だが)文章は単調をきらう。
あまり短い文ばかりをならべていると、ブツブツ切れぎれな印象になる。リズムが悪くなり、内容も頭に入りづらい。
どうすればいいか。
短い文と、長い文を適当に組みあわせることだ。短い文章がつづいたあとに、長い文章を差し込むと、途端に変化が出ておもしろくなる。
いくら短文が優れていても、それだけで通しては(書くほうも)おもしろくない。短文を書けるようになってくると、そういう工夫もできるようになる。