読み終えたあとに何も感じない。そんな「弱い文章」があります。
主張がふらふらしてるため、心にひびかない文章です。
文章が弱くなる原因は、語彙の不足ではなく、断定をさける姿勢にあります。当たり障りのない、あいまいな文章 ─── それは安全ですが、強さはありません。
強い文章でありたければ、明瞭な文章であるべきです。
「明瞭な文章」とはなんでしょう。名著『理科系の作文技術』には次のように書かれています。
明快な文章を書くためのその他の心得として,ここでは次の三つをあげておこう.
(a)一文を書くたびに、その表現が一義的に読めるかどうか───ほかの意味にとられる心配はないか───を吟味すること,
(b)はっきり言えることはスパリと言い切り,ぼかした表現(……といったような,月曜日ぐらいに,……ではないかと思われる,等々)を避けること,
(c)できるだけ普通の用語,日常用語を使い,またなるべく短い文で文章を構成すること。
出典:木下 是雄『理科系の作文技術』P8
この記事では(b)に焦点をあて、「はっきり言えることはスパリと言い切」るために、さけるべき「ぼかした表現」を5つ説明します。
目次
「思う」「感じる」「考える」
「思う」「感じる」「考える」をつかわずに文章を書くことが大事です。このような内面動詞を使うと、主張がボヤケけ、文章が弱くなるためです。
例えば:
操作が複雑だと思う
これだと、「ふーん、そうなんだ」で終わってしまいます。根拠を示さなくても成立してしまうために、文も興味もそこで閉じてしまうのです。
文章は「意見はあるが、裏付けがない」状態になります。
操作が複雑だ
このように言い切れば、読み手は「なぜそう言えるのか」に意識を向けます。
断定するのが怖いと思うひともいるでしょう。逃げ道を閉じてしまうからです。けれど、読み手に内容を評価されないよりはマシですし、書き手の主張も明確になります。
「思う」「感じる」「考える」などの表現は、ほとんどの場合、言い手が自分であることは明らかです。であれば、主張として書くときにワザワザあいまいにする必要はありません。
「こと」「もの」
「こと」「もの」は便利で多用しがちですが、できる限り使わないほうが明瞭な文が書けます。
次の悪文は、なんとなく意味はわかりますが、あいまいで冗長です。
家庭内で重視すべきことは、妻とのコミュニケーションをきちんと取ることだ。ほんの小さなものであっても、口に出して会話することで妻の機嫌はかわる。
「こと」や「もの」は抽象的な主語です。
「雪は、大気の上空でできる〇〇」の、〇〇にはいる言葉はなんでしょうか。
「もの」と答えるひとが多いのですが、不合格と私は判断します。「結晶」という明確な言葉がありますし、”大気の上空にできるもの” には雲や雨もあり、雪の説明としては不十分だからです。
「こと」や「もの」は、あいまいな言葉だけに、なんにでもつかえる便利なことばです。それで多用するひとがいますが、つかえばつかうほど、文章はあいまいになります。
具体的なことばに置きかえるべきです。
「など」「とか」
次の悪文があります。
近年、日本の魅力が海外などで注目されており、和食や伝統文化などが評価されています。桜や富士山などの自然に加え、アニメやマンガなどのポップカルチャーなども人気です。こうした魅力を背景に、観光などに訪れる人々が増えています。
「など」は、書き手にとっては、すべてを列挙しなくてもよい便利な表現です。しかし、その負担は読者が背負います。また、読者によって解釈の幅をうみます。
明瞭さが重要な文章においては、「など」は軽々しく使ってよい表現ではありません。
「コピーとか取りますか?」「お茶とか準備しておきますか?」のように言うひとがいます。この場合でも、「とか」を入れず「コピーを取りますか?」「お茶を準備しておきますか?」で意味が通じます。
大切なのは、物事を正確につたえることです。
「~的」「~のような(に)」
「他のパターンもあるから ”ような” とつけよう」という配慮をするひとがいます。しかし、結果として読む側にはぼんやりとしか伝わらず、明確な文章にはなりません。
言葉をぼかしすぎると情報として成立しにくくなるのです。
比較・共通点・相違点を対比表現で示すことです。
フリックとスワイプは似たような操作です。画面にタッチして指を上下左右に振る的な操作をいいます。
───ではなく、
フリックとスワイプは、どちらも画面に触れた指を動かす操作です。フリックは素早くすべらせるのに対し、スワイプは一定方向へ長くはらいます。
と書けば明瞭な文章になります。
「という(こと・もの)」
「という(こと・もの)」は、次に続く言葉につながせるために使われることが多いようです。これも、何を言いたいのか分かりにくくなります。
大事なのは、「その政策でいったい誰が助かるのか」ということです。
「という」によって、文章の価値がさがっています。
「まだ言い切る自信がない」「うまく整理できていない」ときに、とても便利で使いたくなりますが、言い切る勇気があれば消せることばです。(使いたくなる気持ちはよくわかる)
大事なのは、「その政策でいったい誰が助かるのか」です。
主張がはっきりします。
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同じことを伝えるならば、文章は短ければ短いほど優れています。ただし、短ければよいワケでもありません。必要な要素は書かなければなりません。
その中から、必要ギリギリの要素を洗いだし、それだけを切りつめた表現で書く……一語を削れば必要な情報が不足する ─── そういうふうに、強い文章を書くのが理想です。
以上です。
参考書籍
本田 勝一『日本語の作文技術』朝日文庫(1982年)
木村 泉『ワープロ作文技術』岩波新書(1993年)
本郷陽二『マンガでわかる仕事の敬語』日経BP社(2016年)