E P 文章術

読みやすい文章を書くための、ひらく漢字の黄金ルール。

どうやら「ひらく漢字一覧」のようなものを望むひとが多いようです。アホかと思います。そもそも全部をおぼえきれません。一覧を片手に文章を書くとでもいうのでしょうか。

 

「漢字をひらく」とはなにか。

漢字で書かれている言葉を ひらがな にすることです。

 

なぜひらくのか。

すらすらと読める、「読みやすい文章」を書くためです。

 

どんな漢字をひらけばいいのか。

この記事で述べます。ただし、「この漢字はいつもひらく」のような幼稚な話をするのではありません。もっと基礎的な「どうすれば読みやすい文章になるのか」の話をします。

この記事を読むことで、どんな漢字に対してもその場で判断できるようになるはずです。二度と「この漢字はひらくべき?」と悩むこともなくなるでしょう。

 

結論

結論をさきに書いておきます。

  • 漢字をひらく目的は、「文章を読みやすくすること」です。
    • コツが2つあります。
    • ひとつめは、文章を視覚的に見やすくすることです。
    • ふたつめは、読みつまる漢字を排除することです。
  • ひらく漢字は、筆者の個性や努力によります。

 

 

目的は文章を読みやすくすること

漢字をひらく目的は「文章を読みやすくすること」です。コツがふたつあります。

①文章を視覚的に見やすくする

②読みつまる漢字を排除する

 

 

①文章を視覚的に見やすくする

第一に見た目です。パッと見たときに、はやく読めそうな文章にします。

「見た目かよ。」と思われたかたも多いかもしれません。しかし、これこそが最も重要な要素であるといっても過言ではありません。

 

具体的な例をあげます。

(a)現代の日本文は、大体平仮名と漢字の混り合った文章であるが、其の混り具合が問題なのだ。

 

この文章は、できるだけ漢字をつかって書いてみました。気になったのは「大体平仮名」でしょう。

逆に、ひらがなだけで書いてみます。

(b)げんだいのにっぽんぶんは、だいたいひらがなとかんじのまじりあったぶんしょうであるが、そのまじりぐあいがもんだいなのだ。

 

これもまた、わかりにくいです。

───ふたつの例文、(a)と(b)から、「同じような形の文字」ばかりがつづくと読みにくくなることがわかると思います。

「げんだいのにっぽんぶんは」というふうに書くと、読む側は一字一字をひろって読まなければいけません。意味でまとまっている「現代」や「日本文」が、ただの記号にしかみえないわけです。

「げんだい」も「いのにっぽ」も「ぽんぶんは」も、言葉のまとまりとしては同格になってしまうのだから読みにくいはずです。翻訳が強要されるのですから。

 

(c)現代の日本文は、だいたいひらがなと漢字の混じりあった文章であるが、その混じりぐあいが問題なのだ。

このように、漢字とひらがなのバランスを整えることで、視覚的に読みやすい文章になります。言葉のまとまりが絵画化されるためです。

漢字とひらがなの併用にこのような意味があることを理解すれば、どういうときに漢字を使い、どういうときに使うべきでないのかは、おのずと明らかになるはずです。

 

パッと見たときに、ちがった「絵」がならんでいるほど、はやく読める文章になります。まず、文章を絵画化することでしょう。

 

Tips

漢字については、もともとは絵から出発した象形文字なうえに、それ自体が意味をあらわす表意文字です。ひらがなに比べても視覚的なわかりやすさは抜群です。

「躊躇」という漢字は、多くのひとがその意味を理解しています。

「躊躇」は両方の漢字が足偏であり、「足が止まる」という共通の意味があり、「ためらい迷っている様子」が漢字からイメージできるために印象に残りやすいのです。

 

 

②読みつまる漢字を排除する

では、どんな漢字をひらけばいいのでしょう。

結論、すらすらと読むことを阻害する───読者をつまらせてしまう漢字を排除すればよいのです。読者にラグ(遅れ)を与える漢字に注意することです。

 

ラグとはなんでしょう。

たとえば、あなたは「おいしい」を漢字ですぐに書くことができません。5秒ほど考えて、「ああ、思い出した!」と書けるようになるかもしれません。

これがラグ(タイムラグ)です。

 

書くとなると、時間がかかることは分かりやすいでしょう。しかし、読むときにも脳のラグは発生します。「美味しい」は「おいしい」よりも読むのに時間がかかるのです。

 

そのラグはほんの 0.1 秒もないかもしれません。けれど、文章を読みおわったときの印象は全然ちがいます。すらすらと読める文章というのは、つまずくポイントがすくないために減速がありません。

 

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減速させない文章にするには、どうすればいいでしょうか。

まず、自分がペンでノートに書けない、もしくは相手も書けないだろう漢字はひらいたほうがよいでしょう。すぐに思いつくものに「焦る」「頑張る」「勿体ない」がありますね。

私たちはふだん、スマートフォンやパソコンで文字を打っています。自動変換にまかせているために、むずかしい漢字でも書けてしまうでしょう。そこをグッと我慢することです。

 

「漢字そのものの意味がよわい漢字はひらく」という考え方もあります。

前セクションで、「漢字については、もともとは絵から出発した象形文字なうえに、それ自体が意味をあらわす表意文字」という Tips を書きました。

漢字そのものが意味をもつからこそ、ときには漢字が持つ印象に引きずられて、本来伝えたい内容とはちがった意味でうけとられてしまうことがあります。たとえば───

  • 色々あるが → いろいろあるが:「カラー」の意味ではない。
  • ~だと分かる → ~だとわかる:複数を「分ける」の印象がつよい。
  • 以下の通り → 以下のとおり:「道」のニュアンスがある。
  • 不味いことになった → まずいことになった:「味」の意味に限らない。
  • 良くしてもらう → よくしてもらう:Good の意味ではない。
  • ~して頂く → ~していただく:「頂上」の意味ではない。

 

漢字の意味がまったくない場合もかんがえてみます。

「何」などは、その形からは意味が読みとれません。形容詞のおおくもそうでしょう。「強い」「寒い」「美しい」などは───もちろん意味はわかるものの───漢字のかたちが意味を成しているとはいえません。

 

熟語としてみたほうが分かりやすいものは、むずかしい漢字であってもひらかないほうがよいかもしれません。悠長(ゆうちょう)、堪能(たんのう)、風情(ふぜい)、困窮(こんきゅう)などです。

食品の商品名になっているもの。芳醇(ほうじゅん)、贅沢(ぜいたく)、至福(しふく)、濃厚(のうこう)などもそうです。書くことはできない。けれど読むことはできるし、意味もわかります。

このような「日常的にみかける漢字」は、漢字のままにしておくことで読みやすい文章になることがあります。そういう漢字は、「絵」としてつかうことを検討します。

 

 

ひらく漢字で文章に個性がでる

漢字と ひらがな の基本的原則は、こうした心理上の問題に尽きるといってもよいでしょう。そのため、筆者によってひらく漢字は異なります。また、それは "個性" でもあります。

 

私の知っているブロガーのひとりは、「ただし」や「しかし」を、「但し」や「然し」と漢字で書きます。ひらくことが一般化されている見慣れない漢字のせいか、いつも読むのにつまってしまいます。

ところが不思議なことに、文章を読み終えたあとには「すらすら読めたな」という印象が残るのです。

───おそらく、「ただし」や「しかし」は逆説の接続詞なので、多少つまずいたとしても、読みすすめるうえで大きな支障にはならないのでしょう。あえてつまずかせることで読者の読むペースを調整しているのかもしれません。

 

ほかには、形容詞のほとんどを厳密な漢字でかく旅ライターさんがいます。紋切り型の表現をさけるために、漢字で厳密に表現しようとしているのだろうと推測しています。

菫(すみれ)の花を見ると、「可憐だ」と書きたくなります。そういう感じかたの通念があるからです。しかしほんとうは、菫の黒ずんだような紫色の花をみたとき、なにか不吉な不安な気持ちをいだくのです。

たいていのひとは、この通念にまけてしまって、菫というと「可憐な」という形容詞をつけてしまいます。旅ライターが「哀しい」と「悲しい」を分け、漢字で記すのは、そうした通念にあらがい、一瞬の印象を正確にとらえようとしているからなのかもしれません。

 

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漢字をひらくには「努力」が必要だと思っています。文章をかいたあと───ようするに絵画化されたあとに、読みにくいことがわかるからです。

読みやすい文章にするには、くりかえしくりかえしの推敲が必要です。とかく「やってもやっても終わらないじゃないか、コンちくしょう、コンちくしょう、もうどうとでもなれ。」というような気分になります。

 

この記事にも、くりかえし推敲された文章があります。じつは、「言葉のまとまりが絵画化されるためです。」という文章は 4 回も変更されています。それでいて、いまだに納得のいく文章ではありません。

「絵画化」という漢字がパッと読めない(音読できない)からです。

 

最初、「絵画化されるためです」は「視覚化されるためです」と書いていました。しかし、これでは漢字の意味がよわくなってしまいます。伝えたいことは「絵」としての見栄えを意識しようということであるため、しぶしぶ「絵画化」としました。

読者のほとんどが「えがか」と読んでしまうのでしょうが、漢字がもつ意味を優先してこの表現にした、というわけです。

 

漢字をひらく、ただそれだけのことですが一度では完璧にならないのです。

 

以上です。

 

 

Appendix

絵画化を助ける「記号」

文章を絵画化するとき、カッコや記号をつかうのもひとつの手です。

初夏のみどりがもえる夕日に照り映えた。

という文章を考えてみます。

 

読みながしてゆくと、つい「みどりがもえる」と誤読する瞬間がでてきます。これは「みどり」と「もえる」の親和性が高いためにおこります。

そのあとに「夕日」という言葉があらわれることで、「もえる」は夕日を修飾していることに気がつきます。これは、前述した「ラグがある」状態にあたります。

 

まず、「"」ダブルクォーテーションで括ってみます。

初夏のみどりが"もえる夕日"に照り映えた。

主語が明白になり、ぱっと見で「初夏のみどりが」どうなったのかがわかるようになりました。

 

ただし、はっきりさせておきたいのは目的は読者にとって読みやすい文章にすることであり、筆者が自己満足に絵を描くことではないことです。

もっとシンプルに書けないか工夫できないでしょうか。じつは、読点を打つだけで格段に読みやすくなります。

初夏のみどりが、もえる夕日に照り映えた。

 

 

漢字をカタカナにしてみる

漢字をひらくときに、必ずひらがなにしなければならない、ということはありません。カタカタにするほうが効果的なときもあります。

 

こんな悪文があります。

ここからはい草の睡眠用マットが大量に輸出されている。

この文で、「い草」が藺草のことだと分かるまで時間を要しました。「ここからは」との親和性がつよいために「はい草」(ハイソウ)と読んでしまうのです。イグサと書けば直ちに解消する問題です。

 

 

前後の「は」に気をつけたい

前後の「は」が邪魔をした悪文も、よく見かけます。

しかし、もうおわかりかと思いますが、なにしろ日本人の8割が疲れているわけですから、実際にはそうなっていません。今はやりのいい方をすれば、サステナブル(持続可能)になっていません。

『休養学』P104

 

つまったのは「今はやりのいい方」でしょう。「今は」「やりの」「いい方」と分解してしまったひとが多いのではないでしょうか。

本の編集者は「流行り」を漢字にしたくなかったのかなと思いますが、それで読みにくい文章になってしまっては本末転倒です。

 

「○○は△△である」のような形式で、「は」の前後をひらがなにすると、かえって読みづらくなることがあります。「はい草」の例もそのひとつです。

 

 

参考書籍

篠田 義明『通じる文章の技術』ごま書房(1998年)
本田 勝一『日本語の作文技術』朝日文庫(1982年)
木下 是雄『理科系の作文技術』中公新書(1981年)
木村 泉『ワープロ作文技術』岩波新書(1993年) 
片野 秀樹『休養学』東洋経済新報社(2024年)

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